「自然の変化」に身を任せる、ということ

銀河その他
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ねむい!(意訳:こんにちは!) マユミです!

皆さんは「自然」って言われたら何を想像しますか?

青々と繁る森林?

透明な清水がせせらぐ小川でしょうか?

「自然な人間」てなんだろう

冒頭の質問で「人間」って答えた人、あんまりいないような気がするんですよね。

(※わたしの勝手な推測です!ごめんね!)

むしろ、自然の対局にあるのが「人間」って感じている人が多い気がしてて、私自身もなんとなく、そう思ってるんです。

だけど、最終的に人は老いて、死んで、またどこかで新たに生まれる。その自然の大きな流れに身を任せて生きること、変化を受け入れることが、今の人にはとても難しい。

そんな気がしています。

今の人間にとって「自然に生き、死ぬ」ってどういうことなんだろう?

って考えたので、今日はそんな戯言にお付き合いいただければ幸いです。

自然とは常に変化することではないか

私の考えをまず言うと、タイトル通りですが

「自然とは、常に変化し続けること」

だと思っています。

ただ、これだけの言葉で終わらせてしまうと、ただ何の規則性も持たずにどこまでも未知な場所まで行っちゃう、みたいな感じがあるかもしれないので付け足しをすると

「自然とは、ある一定の法則を持って常に変化し、循環する」

このようなものではないかな、と思っています。

例えば、人間でも動物でも植物でも、生まれて育って老いて死ぬわけで、老いた状態で生まれて育ったら若くなって最後に赤ちゃんになることはないじゃないですか?

いたらごめんなさい。うん。自然は計り知れないから。いたらごめん。

でも、基本的には一定の法則に従って変化しているでしょう。

しかし、一方で「自然は一定の範囲内に維持するように働く」という法則も存在しています。

自然は一定の範囲内にバランスしている

逆説的な感じですね。

自然は一定の法則のもとに変化しながらバランスを保っている」

自然にとっては変化がバランスなんですね。

人間にも、もちろんそのような自然のバランスを保つ仕組みが備わっています。「ホメオスタシス(恒常性の維持)」という機能です。

二酸化炭素がある一定の量を超えないように、酸素が一定以下に減ってしまわないように、私たちの体は自然と「呼吸」という機能でガス濃度などが保たれている。

水分量が減れば喉が渇く、栄養を欲するとお腹が空く、変な姿勢を続けていると痛みを発する。

そんな感じで一定の範囲内に体の状態を保ってくれる機能が備わってます。

にも関わらず、私たち現代の人間って不自然だなあと感じてしまうのは、

「変化しながらバランスをとる」という、ある意味天秤のような「ゆらぎ」というものを無視して、ひたすら「固まっている」からじゃないのかな?

と思ったのです。

「維持すること」と「変化しないこと」は違う

なんでこんなことを考えていたかというと、きっかけがあります。

今日、奥歯を抜いたんですね。その奥歯、もうずっと前に虫歯になって神経を抜いていて、かろうじて根っこだけを残して、その上に無理やり土台を作って銀歯をくっつけて、頑張ってもらってたんですよ。

日本列島の沖ノ鳥島状態って言ったらわかってもらえるだろうか…。

それで、いよいよ残っている根も割れてしまって今回抜くに至ったわけですが、私としては

「やっと不自然に留めてた歯をお役御免にできるわ♪」

ぐらいの勢いで嬉しかったんですね(笑)

頭おかしいかね(笑)

でも、歯医者さんだと

「すっごい残念」「すっごい惜しいことしたね」「大丈夫ですか…?」

ていう空気がすごくてw 

いや、私ぜんぜん大丈夫だけど、なんかすんません抜いて!みたいな気持ちになっちゃって。

でもね、私からしてみたら、本来ならもう抜けててもおかしくない歯を無理くりコンクリートでガッチガチに固めてるほうが心配だった。

「変にいじると根っこの状態が変わっちゃうから」って、何か異変があってもあんまりいじらないっていうほうが怖くて嫌だったんですよね。ここまでいじっておいてw

だから今回すごくスッキリした。

変化に身を任せる

天の川

思えば、そういうことって私個人のことだけでなく、人間の日常全般に言えることではないかなと感じたのです。

アンチエイジングって言って一生懸命ハリや弾力のある肌を保つ。

それに成功している人を称賛し、自然に沿って老いているだけの人を「劣化」などといって蔑むようなことをする…

外見的に変化の少ない人をいつまでも若いと言ってほめたり。若いって、そんなに良いことなのでしょうか。

個人的には、私はもう若い頃に戻りたいとはみじんも思いません。

シワもたるみもシミもできてきて、お腹もたるんできてますけど、若い頃みたいにものを知らないことはない。

その上で「自分には知らないことばっかりだ」ということも、今は知っている。

変化に身を任せ、その時その時の自分を受け入れることができたなら。

その時の自分に沿うような「恒常性の維持」でもって、もっと柔軟にバランスをとりながら生きていけるような気がしました。

失った右上の沖ノ鳥島さんの痛みを感じつつ、そんなことを考えた今日なのでした。

関係ないけど、パーマリンクのスラックが変更できなくなってるわ!おかしい!(ほんとに関係ないなw)

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